稲づくりのあらゆる判断は、イネという植物の基本生理を理解することから始まります。作期設計・施肥・水管理・防除の「なぜそうするのか」を、 分類・温度・光・水分・養分・生育ステージの6カテゴリで体系化しました。数値スペックと栽培管理への意義を同じフォーマットで整理し、乾田直播ならではの管理判断にも接続します。
イネがどんな植物かを知ることが栽培の出発点。湛水で育つ特異な作物である理由と、水田が連作できる理由が、乾田直播で「何を補うべきか」を示してくれます。
| 学名 | Oryza sativa L. |
|---|---|
| 和名 / 英名 | イネ(稲)/ Rice |
| 科属 | イネ科(Poaceae)イネ属(Oryza) |
| 原産地 | アジア(中国長江中下流域〜東南アジアが栽培化の中心とされる) |
| 生育型 | 一年生(栽培上)。可食部は頴果(えいか)=籾から籾殻を除いた玄米 |
| 根系 | ひげ根(繊維根)。湛水適応として通気組織(アレンキマ)が発達し、地上部から根へ酸素を通導。根圏に酸素を漏出し「酸化的根圏」を形成 |
| 生態型 | japonica(短粒・冷涼適応)/ indica(長粒・温暖適応)。日本の主力は温帯japonica |
| 近縁・雑草 | 祖先野生種は野生イネ(O. rufipogon 等)。水田内に雑草イネ(赤米型など、脱粒性・休眠性が強い)が問題化する例あり |
| 連作特性 | 水田は連作障害が出にくい(畑作物と対照的に毎年同一圃場で作付け可能) |
水稲栽培の作期設計は、突き詰めれば「3つの臨界期を安全な温度帯に置く」逆算作業です。減数分裂期の低温、出穂・開花期の高温/低温、登熟期の高温——それぞれの臨界温度を理解することが要になります。
| 発芽適温 | 最適30〜35℃/最低10〜13℃/最高(限界)42〜44℃。40℃以上の水温で籾が死滅しうる |
|---|---|
| 生育適温(日平均) | おおむね25〜30℃。20℃未満で生育鈍化 |
| 分げつ | 日平均16℃程度以上で発生、20℃以上で盛ん |
| 出穂・開花の適温 | 日中最高25〜30℃が良好。最高気温が約22℃以下で不稔歩合が急増 |
| 登熟適温(日平均) | 最適20〜24℃帯 |
| 障害型冷害 | 減数分裂期(出穂前約10〜15日)に日平均約17〜19℃以下の低温で花粉障害・不稔。17.5℃以下が5日以上継続で不稔急増 |
| 高温登熟障害 | 出穂後約20日間の日平均が26〜27℃超で白未熟粒(乳白・心白・背白等)増加、品質低下 |
| 登熟の積算気温 | 出穂日から日平均気温を積算し約1,000℃で成熟・収穫適期(品種差あり) |
| 日平均気温 | 生育の状態 | 該当する栽培場面 |
|---|---|---|
| 15℃未満 | 生育緩慢・冷害リスク | 寒地の初期/障害型冷害の警戒帯 |
| 16〜20℃ | やや緩慢(分げつ可能) | 寒冷地の栄養生長期・登熟後半 |
| 20〜24℃ | ★ 登熟の最適帯 | 寒地〜寒冷地の登熟期の狙い目 |
| 25〜30℃ | 栄養生長の適温 | 本州の分げつ〜幼穂形成期 |
| 26〜27℃超(登熟期) | 高温登熟障害リスク | 温暖地・猛暑年の登熟期は要回避 |
イネは短日植物で、出穂の早晩は「感光性・感温性・基本栄養成長性」の3性質で決まります。多収・耐倒伏には群落の受光態勢(葉の立ち方)が効いてきます。
| 日長反応 | 短日植物。限界日長より短くなると幼穂分化が誘導される。この反応の強さが感光性 |
|---|---|
| 感温性 | 高温で出穂が促進される性質 |
| 基本栄養成長性 | 日長・温度に関わらず必要な最低栄養成長期間(BVG) |
| 早晩性の決まり方 | 早生・晩生は感光性・感温性・基本栄養成長性の組合せで決まる。日本の主力品種は感光性が弱く感温性が強い傾向 |
| 光合成型 | C3型 |
| 光飽和点 / 補償点 | 個葉の光飽和点は比較的低い(目安40〜60klx、文献差あり)/補償点は低い(1〜数klx) |
| 受光態勢 | 群落では上位葉が飽和しても下位葉に光が届くため群落全体は飽和しにくい。葉身角が小さい(立った葉)ほど多収・耐倒伏 |
湛水は雑草抑制・温度緩衝・養分可給化を同時にこなす稲作の要。減数分裂期・出穂開花期の水不足は不稔に直結します。乾田直播は「乾田期→湛水」の切替を、均平・鎮圧・日減水深で成立させます。
| 湛水の意義 | 雑草抑制(畑雑草の発芽・生育を抑制)・温度緩衝(水の比熱で急変を緩和・低温期の保温)・養分可給化(還元でリン酸・鉄等の可給性向上、窒素はアンモニア態で安定) |
|---|---|
| 需水量 | 全期でおおむね1,000〜1,500mm前後(蒸発散+浸透。地域・土壌で大差) |
| 水分感受性の高い時期 | 減数分裂期・出穂開花期は水不足・低温に極めて弱い |
| 中干し | 最高分げつ期頃に一時落水し、無効分げつ抑制・根への酸素供給・還元障害軽減・耐倒伏性向上・地耐力確保 |
| 間断灌漑 | 湛水と落水を繰り返し、根への酸素供給と水分供給を両立 |
| 乾田直播の水管理 | 出芽まで畑状態。日減水深2cm/日以下に均平・整地し漏水を抑制。鎮圧で止水層を形成、出芽揃い後に湛水へ移行 |
窒素は籾数(シンク容量)と登熟を決める最重要要素。イネ科特有のケイ酸は耐倒伏・耐病・受光態勢を一手に改善します。乾田直播では脱窒・溶脱を前提とした施肥設計が欠かせません。
| 窒素 (N) | 8〜10 kg/10a目安(施肥基準・地力で幅あり)。籾数と登熟を左右する最重要要素 |
|---|---|
| りん酸 (P₂O₅) | 6〜10 kg/10a 目安。初期生育・根張り |
| 加里 (K₂O) | 8〜10 kg/10a 目安。登熟・耐病・水分制御 |
| ケイ酸 (SiO₂) | 吸収量は窒素の約10倍(120kg/10a級)。耐倒伏・耐病・受光態勢改善。資材は約20kg/10a施用する例 |
| 生育診断 | SPAD値・葉色板で葉身の窒素状態を診断し、穂肥の要否・量を判断 |
※ N・P・K・Mg の多くは出穂前までにほぼ吸収され、出穂後は根機能低下で吸収が鈍る。基肥—分げつ肥—穂肥と配分する。
発芽から成熟まで、収量は「シンク容量(籾数)を作り込む前半」→「登熟で充填する後半」の2段階で決まります。その途中に、失敗が許されない3つの臨界期があります。
病害虫や異常気象は、それぞれ特定の生理機能を壊すことで減収させます。この節は「何が・どの機能を・どう壊すか」を一望する入口だけを置き、具体的な防除体系(薬剤・発生予察・IPM)は防除ページに譲ります。生理の6カテゴリと結びつけて捉えるのが狙いです。
| ストレス | 主な例 | 壊される生理機能 | 特に気を付ける時期 | 減収の経路 | 関連カテゴリ |
|---|---|---|---|---|---|
| ■ 生物的ストレス(病害虫・雑草) | |||||
| いもち病 | 葉いもち・穂いもち | 光合成・葉面積・穂の登熟 | 分げつ期(葉)・出穂期前後(穂)。低温多湿・過繁茂で多発 | 同化量低下・登熟不良 | ②温度⑥ステージ |
| 紋枯病 | 下位葉鞘の病斑 | 下位葉の受光・通導、稈の強度 | 分げつ最盛期〜出穂期(高温多湿・梅雨明け後) | 登熟低下・倒伏助長 | ③光⑥ステージ |
| ウンカ類 | トビイロ・セジロウンカ(師管吸汁) | 師管の通導(同化産物の転流) | 出穂期〜登熟期(飛来後に増殖) | 坪枯れ・登熟阻害 | ④水分⑤養分 |
| カメムシ類 | 登熟中の子実を吸汁 | シンク(玄米)を直接加害 | 出穂後〜登熟初期(乳熟期)。周辺雑草の出穂も要注意 | 斑点米・品質低下 | ⑥ステージ |
| 雑草 | ノビエ等(乾直で顕在化) | 光・水・養分の競合 | 出芽〜初期生育(乾直=乾田期の出芽前後) | 苗立ち・初期生育の抑制 | ③光④水分⑤養分 |
| ■ 非生物的ストレス(気象・土壌) | |||||
| 高温(登熟期) | 出穂後約20日間 日平均26〜27℃超 | 胚乳へのデンプン充填 | 出穂後 約20日間(特に5〜15日) | 白未熟粒・整粒歩合低下 | ②温度⑥ステージ |
| 低温(減数分裂期) | 日平均20℃・日最低17℃以下 | 花粉形成(稔性) | 出穂前10〜15日(減数分裂期)。最も弱いのは出穂前10〜11日頃 | 障害型冷害・不稔 | ②温度⑥ステージ |
| 湿害・還元障害 | 根腐れ・硫化水素・秋落ち | 根の吸水・吸肥(根の活力) | 分げつ後期〜登熟期(中干し遅れで悪化) | 登熟低下・下位葉枯れ上がり | ④水分⑤養分 |